主イエスが教えてくださった祈りの最後は、「わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください」という祈りです。私たちが普段祈っています主の祈りでは「われらをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ」と祈っています。「誘惑」と「こころみ」は似ているようで、全く違うものです。「こころみ」は本来、父なる神が用意される私たちへの訓練のことです。ですから、合格、不合格を決めるものではありません。試みに失敗したように私たちが考えても神さまが私たちを見放すことはありません。神さまの試みは必ず私たちの信仰を成長させてくださいます。一方で「誘惑」は「悪い者」すなわち悪魔からの誘いです。父なる神さまから再び私たちを引き離し、罪の奴隷とする誘いのことです。これは恐ろしいものです。私たち人間の力では悪魔の誘惑に勝つことはできません。それほどに悪魔の誘惑は狡猾で強いのです。だからこそ、私たちはこの悪魔に勝つことのできる天の父に願うのです。もう二度と天の父を失うことのないように願うのです。悪魔の誘惑に負け、私たちが天の父に背を向けてしまうことがあっても。永遠に神さまは私たちの天の父であり続けてくださることを信じて祈るのです。神さまを天の父と信じることは、どんな誘惑にも揺らがない強靭な精神力を指すのではありません。むしろ本当に神さまなしでは弱い自分を知り、その自分を変わることなく愛し受け入れてくださる天の父なる神さまと共に生きることが信仰です。
(2018年6月17日)
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