しるしを求めたファリサイ派とサドカイ派の人々との問答の後、イエス様は弟子たちに彼らの「パン種」に注意しなさいと教えられました。しるしを求めることは、熱心な信仰のように思えるが、実際は神様に背を向けているからです。しかし弟子たちはイエス様の言葉が理解できずに、パンを用意していないことを叱っているのだと勘違いしました。そのような弟子たちを「信仰の薄い者」と評されました。そして弟子たちが体験した神様の恵みの出来事である五千人にパンを与えた奇跡と、四千人にパンを与えた奇跡を思い出させます。「信仰が薄い者」とは、神様の恵みを忘れてしまう者のことです。私たちの人生の歩みを、ボートを進ませる様に譬えた方がいます。オールを漕ぐと、漕ぐ人の背中の方にボートは進みます。つまり、ボートを進ませる人が見ているのは後ろの風景です。後ろの風景の中に、目印を見いだして、それを頼りに真っすぐにボートを進めることができます。人生において目印となって私たちが真っすぐに神様を信じて進むために、恵みのしるしは与えられています。信仰薄い者は、後ろが気になって、目印を見失ってしまう(忘れてしまう)のです。神様は、イエス様の十字架と復活という確かな恵みのしるしを与えてくださいました。十字架と復活のしるしを想い起し、進むことが信仰なのです。
(2020年3月1日)
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